出るはずの音がない音を奏でるヴァイオリンの世界,そしてインタラクティブ音楽

出るはずのない音を操りながら音楽を奏でる音楽家がいらっしゃること,つい最近知りました.ニューヨークにあるジュリアード音楽院で教鞭をとられているヴァイオリニストの木村まり先生.筑波大学 学際領域研究センター(TARA)(7月15日)にて講演を聴く機会に恵まれました.
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サブハーモニクス奏法

ヴァイオリンには4本の弦がありますが,その中で最も低い弦は開放状態でG(ソ)の音を出すため,G線と呼ばれます.左手で弦を押さえると開放弦より高い音が出ます.だから普通,開放より低い音は出ません.というより出ないはずです.ところが驚いたことに,開放弦より低い音を出せる人がいるのです.それが木村まり先生.この奏法は「サブハーモニクス奏法」と呼ばれます.バイオリンの調弦を変えずに最低音の開放弦G線より下の音を,弓の圧力とスピードの精密なコントロールで弾く奏法.実音の1オクターブ下だけでなく,さまざまな音を出すことが可能だそうです.

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木村先生しかできないという訳ではなく,素人でも偶然,出てしまうこともあるらしいのですが,意図した音程を正確に出すのは極めて難しい.木村先生の長年に渡る修練とチャレンジの末に,意図したサブハーモニックスを出せるようになったそうです.

下記はニューヨークタイムズに掲載された記事です.
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どうしてそういうことが可能なのか? その原理はまだ解明されていないそうです.物理学者が興味を持って挑戦しようとしているらしいのですが,今はまだ原理はわからないとのこと.目の前で鳴っているのに,原理のわからない音がある.興味深いですよね.

弓を弾く位置も重要なそうです.長時間に渡る試行錯誤の末に,木村先生が見出したこと.
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下記は計算機科学の著名な研究者マービン・ミンスキー先生(MIT教授)のご自宅で,同先生にサブハーモニクス奏法を披露している貴重な映像.

サブハーモニクスを使ったソロアルバムも,2010年10月に発売なさっています.そのタイトルはThe World below G and Beyond (G線下の世界を超えて).
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インタラクティブ音楽

木村先生は,コンピュータを利用して,インタラクティブな演奏表現も追求なさっています.自分が作り出した音を自分でコントロールしながら,かつ偶然性も取り入れて,一期一会的な音楽を創り出す.

下記はギターボターナと題された,ギターロボットとの「共演」.

ヴァイオリンの音でギターロボットの動作をコントロールしつつ,乱数による偶然性も取り入れて音楽に仕立てているとのこと.この映像自体が一つの芸術作品になっているように思います.人間と機械がインタラクションして,コラボレーションして創り出す音楽.コントロールしているような,していないような,その独特な感じが木村先生の作品の持ち味のようです.ヴァイオリンなので,体の動作全部をパフォーマンスに入れられるところも作品の持ち味に貢献しているように思われます.

拡張現実的ヴァイオリン (Augmented Violin)

ヴァイリンを拡張現実するとはどういうことか? 私的な理解は,ヴァイオリン演奏とコンピュータを接続し,コンピュータパワーを演奏に付加すること.そしてコンピュータと共演すること.

これをどうやって「作品化」するかが頭,そして身体の使いどころ.

木村さんとその共同研究者ら(フランス国立音響音楽研究所,IRCAM)のアプローチは,ヴァイオリンを弾くときの弓(右手)に注目.右手に付けたグローブ(手袋)からコンピュータに信号を送り,コンピュータの演奏の仕方を制御する.
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弓を持つ右手に付けたグローブでコンピュータが奏でる音楽に指示を与えながら,同時に演奏もします.演奏する姿はとても自然で,コンピュータに指示を送っているとは思えません.自然に演奏しながらコンピュータに指示を送る方法を見出すのがポイント.といっても,普通の人がやっても自然に演奏するのは相当に難しい.元から備える演奏技法と,この演奏のための不断の練習が,コンピュータと自然に共演するような,ハイクオリティの演奏を可能にしているようです.グローブの上側が肌色,下側が黒色というのも,グローブが目立たないよう,良く工夫されています.
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下記で演じているのはカノン.カノンとは,旋律の模倣をしながら楽曲が作られていく方式.ヴァイオリンで弾いた曲がコンピュータが模倣して奏でるが,その模倣の仕方を弓を弾きながらグローブを通じてコントロールする.木村さんはおそらくこれを,持ち前の演奏能力と,ものすごいトレーニングを加えて,どう演奏時の自然な身体パフォーマンスに溶け込ませている.コンピュータテクノロジーと楽器演奏の幸せな結合.木村さんがコントロールしているとは思えないような,マジックのような演奏.

最後にヴァイオリンとコンピュータグラフィックのコラボレーション.木村さんがヴァイオリン演奏に合わせて,スクリーンに映し出された蝶々のコンピュータグラフィックが美しく変化します.視覚と聴覚の効果が合わさってとても幻想的.
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なお,この講演とほぼ同じ内容の講演が前日の7月14日に東京藝術大学電子音楽概論Aという授業で行われ,その内容はUstream収録され,こちらから視聴できます.またスライドコピーも同授業の資料ページ内のファイルとして公開されています.

木村先生の演奏

木村先生が本年4月にニューヨークで演じられたConcert for Japanでの映像がYouTubeで公開されています.

ソロ・ヴァイオリンで,木村先生独特の,one-and-onlyの素晴らしい音楽の世界を堪能できます.映像の真ん中以降から,サブハーモニクス奏法が登場します.第一曲目はバッハ,第2,3曲目は自作のサブハーモニクス曲とのことです.