箱根駅伝とガラパゴス

 毎年恒例の,箱根駅伝,今年も盛り上がりました. 1月3日の朝日新聞朝刊1面掲載(関東地区)の5区(往路最終ランナー,箱根山登り)の「山の神・柏原選手」の表情は,奈良・京都の寺社で見る「鬼神」のような表情で,人間は極限になるとああいう表情が出るんだなぁと思いました.昔は今のような便利な道具がないし,戦も多かったから,極限まで頑張らないといけない事が多々あって,ああいう表情が出ることが多く,そのスナップショットが彫刻として表現されたのではとないかと思いを巡らせました.(こちらasahi.comの記事ですが,これよりも朝刊1面の表情がすごい)

箱根駅伝にかける執念

 箱根駅伝は,陸上長距離選手にとって特別な存在なんですよね.特に関東地区では.今年の優勝校早稲田大学も,3つある大きな駅伝大会のうち,2つで勝ったけど,これで勝たねば意味が無い,これで勝つまでは胴上げ封じ,だったようです.

 駅伝中継(by 日テレ)直後の駅伝特集番組で監督の様子が紹介されていました.早大は2008年2位,2009年2位と来たあと,2010年7位.監督曰く「腐りかけた早稲田魂を叩き直す」と言って,自分も選手と一緒に走り始めたそうです.シード権獲得の10位以内に入るだけでも大変なことなのに.箱根駅伝にかける,凄まじいまでの意気込みが伝わってきます.

箱根駅伝は精緻に作りこまれた「総合プロジェクト」

 私が今年テレビで見たのは,僅かに,ゴール直前の10分前くらいからだったのですが,それでも堪能できました.箱根駅伝は非常に難しい競技なんですよね.トップレベルの長距離ランナーを最低10名揃えなくてはいけない.途中にアップダウンがあり,自動車でもそのきつさがわかる,箱根山一気登りがある.走り始めたら,走者10名のうち,一人にでもトラブルが発生して棄権等になったら,それでおしまい.誰がブレーキになったかは,一目瞭然.しかもスタートからゴールまで途切れることなくテレビ中継.1月2日,3日という時期に高視聴率で衆目の注目を浴びる.テレビも新聞も,何度も取り上げる.

 チーム作りには非常に精緻な組み立てが必要と思われます.選手候補を全国から集め,気の遠くなるようなトレーニング,ベストコンディションをこの2日間にもってくる集中力.担当する区間に合わせたトレーニング.さまざまな要素を組み合わせて,勝利を目指す.まさに「プロジェクト」です.

 選手だけでなく,大会運営,テレビ中継する側も非常に大変なはず.大手町から箱根まで片道約100Km,途切れることなくレースコースを公道上に2日間に渡って作り,それを途切れることなくテレビ中継する.今年で87回目.長き伝統によって精緻に作りこまれた,世界的に見ても稀な「総合プロジェクト」だと思います.

もしかしてガラパゴス

 こんなすごいことをやってしまう,我が愛すべき日本.
 最近我が国のことを,「ガラパゴス」と自嘲気味に呼ぶことが定着してきました.自嘲気味であるけれど,正にその通りであると多くの人が思っている.グローバリゼーションに対応できないかもしれないけれど,国民の満足度は結構高い.ただし,世界レベルの「戦い」になったときに勝てないことを悲しく思っている.
 私,箱根駅伝も,この愛すべき日本のガラパゴス的性質の発現じゃないかと思うのです.
 達成されているものはとてもハイレベル.箱根駅伝というものに高度に最適化されている.そうでないと勝てない,シード権(翌年度自動参加資格)が取れないから.
 これだけの時間とエネルギーを割いて男子長距離選手を育てているはずなのに,男子長距離競技の世界大会でなかなか勝てない.どうしてだろう?
 その答えはシンプルで,世界の長距離競技に「駅伝」がないから.

グローバル化

 箱根駅伝の伝統を守る.守り続ける.大変に結構なことです.
 さてもし仮に,この駅伝パワーをグローバル化させたいと思ったら,どうしたら良いでしょう?
 二つの案が思い浮かびます.

案1:箱根駅伝を世界競技にする

  これまでにいくつか,成功例があるんですよね.おそらく最初の成功例は柔道.別の成功例はケイリントラックレース
 駅伝のように,長距離リレーでなく,2万メートル走を作っても良いかもしれない.ただし,駅伝ほどには,日本の伝統を生かせない可能性がありますが.それでも,選手育成面では有利でしょう.これだけ多くのエネルギーを2万メートル走にかけてきた国はないはずですから.

案2:箱根駅伝を世界競技に近づける

 一人当たりが走る距離を半分の1万メートルか,40キロメートルにします.後者だと,1日にマラソンを2.5回分見ないといけないので,観戦する側がしんどそう.前者が現実的か.そのかわりに,今のルールでは20名の選手が必要.多過ぎるならば,往路と復路を,同じ選手が走るようにすれば,今と同じ10名でよい.

 案1は,過去に成功例があるとはいえ,実現は非常に大変.案2は,駅伝の伝統が失われると,国内の支持が得られなさそう…
 というわけで,変なことは考えないで,このガラパゴスを愛し続けましょう,という議論に収斂するのでしょうね.

野球の場合

 おそらく駅伝以上にファンと選手が多いであろう野球.プロリーグが早くから高度に発達しました.野球は世界的に見ると競技人口が少ないのですが,それでも,レベルが大違いと思っていた米国メジャーリーグで対等にやっていけることを野茂が示し,その後,多くの選手がメジャーリーグで活躍するようになりました.

 野茂が渡米するよりも前,米国のメジャーリーグ試合を一度だけ生で見たことがありますが,パワフルだし,観客がリラックスしながら観戦する様子は羨ましく思いました.しかし,一投一投の丁寧さ,試合運びの精緻さは日本の方が上で,日本のプロ野球が通用する余地は十分あるような気がしました.

 野球は幸い(と言って良いかわかりませんが),ガラパゴス現象は免れました.世界大会で度々勝っています.なぜか?
  野球は米国から輸入されたもので,当然,ルールはグローバル対応,そのルールの元で,日本持ち前の精緻さを積み上げ,ハイレベルな選手が育成されてきたからと思われます.

 ではサッカーはどうして野球のようにいかないのか? サッカーは,野球に比べて長い歴史を持ち,選手人口が格段に多い.プロリーグができたのも最近.精緻化の歴史がまだまだ発展途上だから.精緻化が進めばいつかは勝てる?…それを期待したいですね.