パソコンで円周率の世界記録が出せる件

 昨年末,フランスのエンジニアがパソコンで円周率世界記録を達成し,度肝を抜かれたが,日本でもチャレンジした人がいるようである.

 8月4日の朝日新聞記事「円周率5兆けた、PCで計算 長野の会社員、3カ月かけ」

計算で大量のデータを記憶させるため、パソコンには通常の数十台分にあたる22テラバイトのハードディスクを搭載。演算速度などを決めるCPUはインテルの最高レベルのもの(3.33ギガヘルツ)を使った。パソコンの費用は百数十万円かかったが、市販製品でまかなえた。

 個人/家庭で,ディスク22テラというのは結構すごい.おそらく11台か22台のハードディスク.

 実は円周率は特殊な「科学技術計算」で,多倍長演算という,桁が超大きい数字の加減乗除をいかにうまくやるかという問題である.一台の計算機の主記憶には入りきらず,大容量二次記憶(ハードディスクやSSD)を使うか,多数のマシンの主記憶を使って計算せねばならない.従来のスーパーコンのアプローチは後者ベースと思われるが,パソコンを使ったアプローチは前者ベースと思われる.前者は,二次記憶との入出力をいかにうまくやるかということで,科学技術計算というより,むしろ計算機システムをうまく使いこなす技術が要となると思われる.上記の11台か22台のハードディスクも,入出力を並列化するのに使っている可能性がある.

 パソコンで円周率世界記録が出るからと言って,スパコンの存在意義が薄れるわけではない.たとえば,ある計算をするのに,3ヶ月かかるのと,数時間かかるのでは大違いで,その差は,科学の進展に影響を与える.数時間で結果が出れば,その結果を見て,研究者はより早く新たな知見を得たり,次の手を打ったりすることができる.また,そもそも数ヶ月を要する計算を始めるのには少なからぬ決心を要し,それなりの費用が発生する可能性がある.

 通常,円周率の多数桁計算は,二つの計算式を用意し,一つの計算式(より高速な方)をまず計算し,もうひとつの計算式(遅い方)を計算して,両者の結果を比べて,計算に誤りがないことを検証する.パソコンで同様の検証を行なおうとすると,前者を3ヶ月かけてやり,さらに3ヶ月+α(遅い分)の時間をかけて検証作業を行う必要がある.合計6ヶ月である.スーパーコンでは前者の計算を3日でできるとすれば,計6+α日間で検証まで行える.

計算のバンド幅

 パソコンでも世界記録が出せるとわかった今,興味のあるのは,計算の「バンド幅」だ.円周率で言えば,単位時間あたり,どれだけの計算ができたのかということ.

 Wikipedia「円周率の歴史」によれば,スーパコンでの記録は:

2009年8月
筑波大学・計算科学研究センターが、円周率を2兆5769億8037万桁まで計算する世界記録を樹立したと発表した。「T2K筑波システム」(毎秒95兆回)を使った。検証計算を含めて73時間36分かけた。

 今回の長野パソコンでの計算は単純平均で計算すると,1時間あたり0.23*10^10桁.筑波スパコンでの計算は3.53*10^10桁.おや,その差は約15倍だ.この差は科学技術の道具として,大きな差とも言えるし,費用の違いを考えると,そう大きくないといえるかもしれない.

 科学技術にかぎらず,どんな分野でも,高性能・高精度を目指すと,飛躍的に費用がかかっていく.経済性まで考慮すると,議論は非常に難しいということになる.