驚きのキーボード入力法:ペア入力

 大学院のセミナー発表を聞いていたら,私のすぐ横でパソコン2台を打ち続けている女子学生2名がいる.セミナー内容をパソコンに記録しているようである.しかし,様子が普通でないのだ.二人で同じエディタが画面に映り,二人で黙々と打ち込んでいる.カーソルが画面の下のほうにあり,改行キーを押すと,上のエディタ部分に現れるようだ.よく見ると,最下段の入力行の上にもう一行あり,どうやらお隣の打った行がそこに表示されているみたい? ... 一体何をしているのだろう? チャットしている訳ではないようだし.

 授業終了後,何をやっているのか聞いてみた.その内容を聞いて絶句.

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(画面に注目.私が根掘り葉掘り質問中もペア入力されています.かな漢字変換の精度よりもスピード重視)

 二人は聴力障害者をサポートするボランティア.驚きなのは,その入力法.一人の話者の音声を,二人で並行入力しているのだ.もちろん,同じ文字を打っても意味が無い.隣の人が打っている文字を見ながら,相手がどこまで打つかを予測し,そこから先を打つ.それを見て,隣の人がまたその先を打つ.つまり,卓球のダブルスの打ち方のように,流れ込んでくる音声ストリームを,二人の入力者が交互に打ち込みその画面を二人の隣にいる聴覚障害者が読んでいる.一つの音声入力を人間二人で入力し,実質的にスループットを2倍にしているのである.そうでないとキーボード入力が音声入力にリアルタイムに追随しない.

 ちなみに,高速キーボード入力が可能な人は,一人でもリアルタイム追随が可能だそうだ.現に後述の,次の授業の担当者は一人でやりますと言っていた.ただし,授業1コマ(筑波大は75分)を一人で担当すると相当疲れるらしい.

 高速キーボード入力が可能な人は多くない.また,疲労感も大きい.そこで,二人でペア入力するという方式が行われているらしい.

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 筑波大には約20名の聴覚障害者がいて,約100名の学生ボランティアが,各自の授業・研究時間の合間を縫って,上記のサポートをしているとのこと.大学がサポートをしていて,パソコン2台はおそらく大学のもの.休み時間に上記の話をしていたら,次の授業のために,別の入力担当者が入ってきた.

 さらに聞いて驚いたこと.入力した情報は敢えてファイルとして残さない.なぜか? 

 「通常の学生との公平性を期するため」

 ...深い...

 横で聞いていた人曰く,「では皆に公開すれば?」.

 さらに別の横で聞いていた人曰く,「それはおそらく問題がある.しゃべった内容が公開される旨の了解を全員からとらなくてはならない」...なるほど.

 大学院セミナーでは,公開前の情報も話される.授業でも,話す側は一回限りと思って話している.それを記録して公開するのは,話者の事前了解が必要だし,了解が得られない場合もあろう.了解が得られないときにサポートができないのでは困ってしまう.よって保存はできないのだ.

 聴覚障害を乗り越えて勉学に励む学生諸君に,そしてそれをサポートするボランティアの学生諸君にエールを送りたい.

P.S. ペア入力用ソフトウェア

 こちらを御覧下さい.