学校クラウドの提案

文部科学省 御中

私はクラウドコンピューティングは一時の「流行」ではなく,歴史的な必然性を持った流れと考えております.クラウドコンピューティングは,ITのインフラ化とその共有化への運動と考えられるからです.日本は,企業も政府も,この流れを十分にしておらず,「グリッドの次のバズワード」風に捉えられている傾向が多いのではないかと懸念を持っています.

文科省の方にぜひ申し上げようと思ったことは,「文科省クラウド」のようなものを作るとよいのではないかという提案です.その理由を以下に述べます.

1.現在,各大学は,それぞれ独自の成績処理,入試データ処理等のシステムを独自に開発し,運営しています.これらは,本質的にはほとんど同じもののはずで,加えて,各大学ごとにカスタマイゼーションをしてあるものと解されます.それらは重要な情報で,強いセキュリティ,ディペンダビリティが求められます.現状,担当者は,おそらく大変な思いをして設計をし,また,運営をしていると思います.それらの仕事に教員も駆り出されることもしばしばです.これらを「文科省クラウド」のようなものに集約し,人員コスト,計算機設備コストを合理化すべきではないかと考えます.税金の大幅な有効利用になると思います.

2.1に書いたことは,大学に限りません.小学校,中学校,高等学校でも同じ事がいえると思います.それから,大学の他の業務である,病院業務も同様であると思われます.

3.容易に想像されることですが,1の実現は容易ではありません.成績処理,入試処理という,大学にとって,非常に重要なデータ処理を,アウトソーシングすることになりますが,それに耐えられるクラウドコンピューティングシステムの構築を行わねばなりません.私はそれだからこそ,やる価値があるのではないかと思うのです.私はこの分野の研究を20年以上やっていますので敢えて申し上げますが,コンピュータシステムの研究技術の世界は,単に新規性と有用性があると思われるという学術論文を書いても,世界的なインパクトをもって評価はされず,むしろ,1のようなことを実現するために,こういう工夫と努力によって技術開発をし,そして,実証をした,というところまでやって,始めて価値があると評価される傾向があります.Google社が,彼らが開発した技術の一部として,Google File System, MapReduce, BigTable等の論文を著名国際会議で発表し,大きな評判となっていますが,あれは,実際にGoogle社においてverifyされている技術であるからこそ価値があります.同じ内容を大学の一研究室から提案しても,それが世界的な注目を集める可能性は極めて低いと思われます.

4.2に書いたことを実現するためには,ユーザである大学と,その開発者(おそらく企業)との共同作業になると思います.批判めいたことを申し上げて恐縮ですが,「グリッド」のときは,その応用が明確でないため,せっかく予算と人員を投入して立派なシステムを作り上げても,その利用が広がりを見せることは容易でありませんでした.「スーパーコンピュータ」の場合は,利用者が限られるため,対費用効果が議論の的の一つになってしまいます.「文科省クラウド」は,その利用者の裾野は広く,明確であり,かつ,対費用効果は明らかです.技術的に達成すべき課題は多いですが,日本の真のIT技術力を高めるのにちょうどよい課題と思われます.また,それなりの額の国家予算を投じても,国民的理解は十分に得られるテーマだと思います.

  筑波大学大学院システム情報工学研究科
  コンピュータサイエンス専攻 教授
    加藤和彦