間違えても責めない文化を作らねば「想定外」の問題には克服できない(北朝鮮ミサイル問題)

「レーダーからすぐに消え,確認に時間」(毎日放送
http://www.mbs.jp/news/jnn_5003732_zen.shtml

仮に不確定な情報だったとして,それを国民に知らせて国民に不利益を被らせる可能性と,知らせないで不利益を被らせる可能性,どちらが高いか? 誤報だった場合に,批判されることを恐れたのではないか。つまりfalse positiveを恐れた結果,false negativeになってしまった。前回,そういうことがあったようだから,「注意深く」なっていた。SPEEDIがスピーディでなかったのと同じ問題の構造のような気がする。全国瞬時警報システム(J-ALERT)は瞬時でなかった。米国から情報が入れば,確認中ということを添えて,その情報を国民に公開すれば良かった。

究極的に言えば,国民を守るか,自分達を守るか,か。間違えても責めない文化を作らねば,「想定外」の問題には克服できない。Think realするには,想定外は当たり前と思わねばならない。

この国の形を思い浮かべよう。「閉じた図形」の島国だ。ほぼ均一的文化だ。だからうっかりと世界がクローズであるような,幻想を抱く。すべて「想定内」にしようとする。しかし,世界は繋がっていて,現実にはオープンだ。どんな自然災害が起こるかわからないように,国際情勢も何が起こるか分からない。