「もうひとりのイルカ物語ーなごり雪の季節に旅立っていった夫へ」by イルカ

もうひとりのイルカ物語 なごり雪の季節に旅立っていった夫へ

もうひとりのイルカ物語 なごり雪の季節に旅立っていった夫へ

なごり雪」で多くの人の記憶に残るフォークシンガーのイルカ.イルカはシュリークスというフォークグループのメンバーとしてデビューした.シュリークスのリーダーは神部和夫.メンバーの入れ替えが何度かあり,最後は保坂としえ(後のイルカ)と神戸和夫のデュオグループとしてアルバム「イルカのうた」を発表して解散した.解散後すぐに二人は結婚し,保坂としえは神戸としえとなり,フォークシンガーのイルカとなる.

神戸氏がイルカの夫であり,プロデューサであることは知っていたが,神戸氏がどのような人物であり,活動をしているのかは,よく知らなかった.そしてつい最近,神戸氏が20年間に渡ってパーキンソン病を患い,お亡くなりになったということを知った.神戸氏の病のことはずっと伏せられていた.イルカが心の整理をしながら,神戸氏と出会ってから亡くなるまでの物語を著したのがこの本.人の心を震わせてくれる「物語」が書かれている.

イルカの一ファンが読むとああそういうことだったのかとわかる話がいくつも書かれている.二人が出会ったのは,イルカが18歳,神戸氏が21歳の時.そして3年後の1972年に結婚.シュリークスは1974年にアルバム「イルカのうた」を1974年に発表後,すぐに解散.

イルカのうた(紙ジャケット仕様)

イルカのうた(紙ジャケット仕様)

この中で,「クジラのスーさん空をゆく」,「とんがらし」は神部が歌っているが,後にイルカがソロアルバム収録している.後にイルカの代表曲の一つとなる「いつか冷たい雨が」もこの時点で作られ,録音されている.翌1975年にイルカがソロデビューしてアルバム「イルカの世界」を発表.この,タイトルが似通る二つのアルバムは何を意味しているのか,ずっと気になっていた.

神部氏は,シュリークスで「イルカのうた」を作っているときに,シュリークスを解散し,自分はイルカのプロデューサとなり,イルカをソロデビューさせる用意周到な計画をもっていたことがこの本で明かされてる.若いイルカは解散&ソロデビューを,泣いて嫌がったとのこと.しかし神部氏の決心は固かった.イルカはソロデビューすべきであり,自分はプロデューサとしてやっていくべきことを決意していた.

なごり雪」も,最初はイルカは歌うのを嫌がったとのこと.周辺の音楽仲間で,あれはシングルを出せば売れると囁かれ,自分もオリジナルのかぐや姫バージョンが好きだった.伊勢正三がスタジオに来て励ましてくれて,やっと歌えたという.そして,おそらくあの曲一発でイルカは日本のフォーク界,いや,音楽界に残るシンガーになった.しかも一発限りでなく,その後も続々とアルバムを発表し続ける,素晴らしきクリエータとなった.イルカが創り,神部が売るという二人三脚は大いに成功した.

神部氏はプロデューサとしての仕事を拡げ,バブル期に絶頂を迎える.そして正にその絶頂期にパーキンソン病が発病する20年もの長きに渡り,ゆっくりと心身機能が冒されていくという,つらい病との闘いが始まる.人と話すのが仕事だったプロデューサが,人と話すのが怖くなったという.イルカは周囲やファンには黙って,夫と共に20年間の闘病生活を送る.

この本が素晴らしいのは,病と死という重いテーマを,イルカ独特の軽妙な語り口,ユーモア,そして創造性を持って語られていること.どきりとさせられるエピソードが次から次へと出てくるが,読後感は爽やかである.

発病以前まで含めれば30年以上に及ぶ長い物語.一冊の中に,二人の人間の人生が描かれているいってもいい.

私の希望は,この本をテレビドラマか映画の原作にしてもらうこと.多くの人にこの物語を知ってもらうために.涙と笑いの両方を織り交ぜた,生きる希望を語る物語に仕上げてもらうことを期待している.