原発の重大事故は人為的操作ミスでのみ起こるはずであった
震災で散らかった研究室を片付けていたら,立花隆著「電脳進化論」という本が出てきた.「科学朝日」の1991/4-1992/6に連載された「コンピュータ最前線」に加筆の上,単行本化したもので,初版は1992年刊.今から約20年前の話だ.
この中に「計算機の発達と重なる歴史―原子力研究」という章があり,気になって読んでみた.
東海村の日本原子力研究所(現 (独)日本原子力研究開発機構,以下「原研」)では「あらゆるタイプの原発事故のシミュレーション研究」を行っているそうだ.そのために,LSTFという世界最大の実物シミュレータもある.
LSTFで検索するとこんな文献が見つかる.「ROSA 今後の利用計画について.原研H19.10.25 (PDF) 」.
以下は原研の研究者が立花隆に語ったところ.
美浜(原発事故)のような伝熱管1本の破談というのは,事故に入らないような軽い事故.そもそも安全審査基準に1本完全に破断しても絶対に安全が保たれる.
もっとシビアな実験をLSTFを利用してやっている.6本一挙に破断,ECCSの高圧注入系が動かない,オペレータが緊急対策を取らず,3時間何もしなかった場合を想定.これほどシビアな設定でも,一万票後(3時間弱)にオペレータが減圧操作すると,炉心は無事.
さらにコンピュータシミュレーションでは,さらになにもしないと1時間23分で炉心の損傷が始まった.
「さらになにもしないと」というのが,人為的操作ミスを想定しているように読み取れる.
読んで一番インパクトが合ったのは次の箇所.
「安全解析の結果,現在の原子炉で重大事故が起きる確率は100万年に1回といわれています.しかしこれは原子炉一基の話.仮に2万機できたら50年に1回重大事故が起きるということになってしまう.」
3月11日以前だったら,ああそうかと,この文章をそのまま読み過ごしていた.専門の研究者が当たり前のようにこういうから,そしてこういうことを何度も聞かされてきたから,一般庶民は信じちゃうよね.私も一般庶民の一人でした.
こういう計算は,人間が正しい行動をとるという前提.しかし,人間は誤りを冒すので,人間の介在を出来るだけ少なくする「自動型原子炉」という方向にいくほかないんじゃないかと思っています.
自動型原子炉.今読むと,めまいがしてくる.
拙ブログ「地球シミュレータへの期待」で書いたように,2002年に世界一となった「地球シミュレータ」(2位とは5倍の性能差!)においても,スパコンの利用例として,自然災害予測,人的災害予測をあげ,人的災害予測の方に原子力施設事故時の核物質拡散予測が入っている.
原発の重大事故は人為的操作ミスでのみ起こるはずであったのだ.そのように信じていた.今思えば,ほとんど宗教的なまでの盲信だ.おそらく,研究者,技術者に悪意はなかった.あるときに,そういうことにしようということにして,そう言っているうちに,それを疑わなくなったのだ.きっと.
本当に「想定外」だったのか?
実際には原発の重大事故は2011年3月11日,人為的操作ミスでなく,自然災害が元になって発生した.内閣府 原子力安全委員会の「原子力安全の取組について」というパンフレット(2006年6月改訂発行)によれば.原発は「五重の防壁」で守られ,フェイルセーフ(システムの一部に以上が起こっても,常に安全な状態に向かう考え方と前述のパンフレット説明されている)のはずであった.
「止める,冷やす,封じ込める」はずであった.核燃料の核分裂を「止める」ことはできた.しかし,「冷やす」ことができず,そのため,水素発生と水素爆発が起き,燃料融解のために汚染水が漏れ,「封じ込める」ことができなかった.どうして冷やすことができなかったのか,どこが間違っていたのか.冷やすためには,外部からの電気供給が必要であった.その供給が停止した.しかし原発設計では,電気供給が長時間停止することが想定されていなかった.
単に気が付かなかっただけではない,想定しなくて良いことは原子力安全委員会の公式文書で明文化されていたのだ.
発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針 (PDF)
平成2年8月30日
原子力安全委員会決定VI.原子炉冷却系
指針27.電源喪失に対する設計上の考慮
長期間にわたる全交流動力電源喪失は、送電線の復旧又は非常用交流電源設備の修復が期待できるので考慮する必要はない。
非常用交流電源設備の信頼度が、系統構成又は運用(常に稼働状態にしておくこ
となど)により、十分高い場合においては、設計上全交流動力電源喪失を想定しな
くてもよい。
このように想定しないことが明文化されていた.よって,原発メーカにも,東電側にも瑕疵責任はないと言わざるを得ない.
日本人は,精緻さを好む,真面目な国民である.こんな所まで,精緻によくできていて,驚いてしまうほどである.皆でそこから先は考えないようにしようと考え,それを真面目に,忠実に実行した.
これまでは想定しなくてもよかったかもしれないが,3月11日以降はそういう訳にはいかなくなった.
精緻さと真面目な国民性を生かして,どうしたらこの問題に立ち向かえるのか,知恵を絞ろう.