ガラパゴス列島か,チャレンジング列島か

 「世界一になる理由は何があるんでしょうか?2位じゃ駄目なんでしょうか?」という蓮舫氏の発言は,おそらくは学界を震撼させた.虚を突かれた.短く,シンプルなフレーズでありながら,いやそれだからこそ,インパクト抜群であった.

 その後の学界の反発は激しかった.また参議院選挙の自民党等のキャッチフレーズ「いちばん。」の元ネタになっていることから,自民党執行部は,国民の過半数蓮舫氏の発言を支持しないと読んだようである(プロのコピーライターが考えたんでしょうね,よくできてる).2010年6月,行政刷新相となっている蓮舫氏は読売新聞などのインタビューに応じ、「科学技術の分野でもほかの分野でも(日本が世界で)1番を目指すのは当然だと思っている」と述べている.

 この表現を持ってこの問題は一見,沈静化あるいは落着しているかのように見える.しかし私は,この問題が本当によく分析・理解されたのか疑問に思っている.

 学術界においては,一番であることは非常に重要である.学術界のトップの賞であるノーベル賞は世界初ということにこだわりをもって厳しく選考されている.著名学術誌に発表されたか,業績が沢山ある人かは本質的に重要ではない.学術界の中でインパクトある発見・発明を一番で為した人にその栄誉は授けられる.ノーベル賞だけではない.通常の学術論文は基本的にすべて,オリジナリティと有用性が求められる.オリジナリティとは,基本的に全世界で,人類の全歴史を通して始めてということである.厳しいことである.その中で日々暮らしている研究者にとって「一番」は当たり前であり,「二番では駄目ですか」という質問には虚を突かれた.

 しかし世の中,必ずしも一番であることが必要であるばかりではない.一番であるためには,人のやっていないことをやらねばならない.そのためにはリスク,高い費用を伴うことが多い.また,一番であるものが,本当に一番有用である保証はない.コストや使い勝手等,様々な要素を考えたときに,全ての点で一番となることは容易ではなく,むしろ希有といってもよいくらいだ.

 未踏の地を一番で開拓するのには大いなる勇気を要する.失敗するリスクを伴う.北海道を旅していると,未踏の大地を開墾し,家を建て,住み着こうとしたが,定住には至らなかった跡地に出会う.

 米国を飛行機で横断すると分かるが,彼の地は広大なる面積を有するが,大部分は人が住めないところである.先人達が,人が住めるところを追い求め,移住しながら開墾し,今日の繁栄する国,米国を作った.彼らは,今でもフロンティアスピリットを大事にし,人がやっていないことに果敢に挑む.

 IT分野でもそうだ.IBMも,マイクロソフトも,インテルも,ヤフーも,Googleも,Amazonも,人が住んでいなかった未踏の地のようなところを苦労を重ねて開拓したのだ.開拓した土地を守り,そして,拡げようとする.必要とあらば移住する.起業して成功後も,苦労して生き延びを図り続けているのである.IT分野は「一番」効果が非常に顕著だ.一番がすべてを持っていく傾向がある.ただし,常に失敗するリスクと隣り合わせでもある.

 できることであればリスクは避けたいと思う心が誰にでもある.リスクは誰かにとらせ,リスクがないことを確認して参加・参入する.この方が安全であり,痛い目に会う確率は少ない.

 ...この後,留学生が減っている.リスクテイクする若い人が減っているからだ.という論旨を展開しようと思ったところ,安西祐一郎先生(前慶応義塾大学塾長)が「日本からアメリカに行く留学生が減っているわけ」というブログをお書きになっているのを見つけた.そのブログを安西先生は次のように結んでいる.

ここに私が書いた理由も本当かどうかは分かりませんが、世間で流布している言説をすぐに鵜呑みにしないための頭の体操として、「日本からアメリカに行く留学生が減っているのはなぜか」考えてみるのも面白いのではないでしょうか。

 私の私見は,若い人がリスクテイクしにくくなっているから,我々大人がそういう社会を作ってしまったから,諸般の事由が積もり積もってそういう社会になってしまったから,である.

 高校野球を思い浮かべて頂きたい.一位になれるのは僅かに全国で一校.でも彼らは黙々と野球に打ち込む.野球三昧で大丈夫かと周りに心配されるかもしれないけど,打ち込む.野球で食っていくことは出来ないであろうが,打ち込む.進学に影響が出るかもしれなが,打ち込む.理由はシンプルで,やりたいから.回りに止められると,かえって気持ちは盛り上がるかもしれない.

 彼らはリスクを背負いながら,なぜ打ち込めるのか.それを受け止められる環境が整備されているから.例えば,浪人とか,予備校とかのシステム.

 リスクを取って1位を目指すか,リスクをとらないで2位以下でよしとするか.環境が大切だと思う.リスクを取って,失敗しても大丈夫だよ,何とかなるよと思える環境.

 1位と2位以下の違いは大きい.1位は青天井.それより上がない強さ.ある意味,極限的な強さ.それは,リスクテイクして打ち込まないと得られないような強さ.

 「2位(以下)でもいいんじゃない」という空気・環境ではおそらく,極限的な強さは獲得できない.やる以上,絶対1位獲得という気概を持たないと,粘り腰を出せない.自分に負けてしまう.結果はどう出るにせよ.その気概が強い力を生み出す原動力となる.

 「私は日本で勝負しても駄目だと思います,世界で勝負しないと」という気概.そういう気概を若い人が持てるような社会を作っていくべきだと思う.

 最近はお隣りの韓国が頑張っているのがよく目につく.電子・家電製品,「冬ソナ」等のテレビドラマときて,最近はアイドルグループ,ゴルファーまで輸出.しかも,たまたま海外でウケた,ではなく,戦略的に育成して.

 皆で考えよう.リスクテイクしない「ガラパゴス列島」を創っていくのか,果敢にチャレンジする「チャレンジング列島」を創っていくのか.